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広島地方裁判所 平成9年(行ウ)17号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が原告に対し平成六年二月七日付でした原告の平成二年分以降の所得税の青色申告承認取消処分を取り消す。

二  被告がいずれも平成六年三月二日付でした原告の平成二年分の所得税の更正処分のうち、総所得金額三六三万六三三六円を超える部分及び同年分の過少申告加算税賦課決定、原告の平成三年分の所得税の更正処分のうち、総所得金額三五八万一七七五円を超える部分及び同年分の過少申告加算税賦課決定、並びに原告の平成四年分の所得税の更正処分のうち、総所得金額四二九万四六六五円を超える部分及び同年分の過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

三  被告がいずれも平成六年三月二日付でした原告の平成二年課税期間の消費税の更正処分のうち、課税標準額三三三二万五〇〇〇円を超える部分並びに原告の平成三年課税期間の消費税の更正処分のうち、課税標準額四七〇五万八〇〇〇円を超える部分及び同期間分の過少申告加算税賦課決定をいずれも取り消す。

第二事案の概要

本件は、青色申告の承認を受けていた原告が、税務調査の際に帳簿書類の提示に応じなかったところ、被告が青色申告承認取消処分をするとともに、所得税及び消費税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をしたので、右各処分の取消しを求めた事案である。

(争いのない事実)

一  当事者

原告は、電気工事業を営み、その所得税につき、被告から青色申告の承認を受けていた者である。

二  確定申告

1 原告は、被告に対し、平成二年分から同四年分(以下「本件各年分」という。)までの所得税について、それぞれの法定申告期限内に、別表二ないし四記載のとおり青色申告による確定申告をした。

2 原告は、被告に対し、平成二年及び平成三年の各課税期間分の消費税について、それぞれの法定申告期限内に、別表五、六記載のとおり確定申告をした。

三  被告の処分

1 被告は、原告に対し、平成六年二月七日、所得税法一五〇条一項一号により、平成二年分以降の所得税の青色申告の承認を取り消す旨の処分(以下「本件青色申告承認取消処分」という。)をするとともに、これに伴い、平成六年三月二日付けで、原告の本件各年分の所得税について、別表二ないし四記載のとおり、各更正処分(以下「本件所得税の各更正処分」という。)及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件所得税の各賦課決定処分」という。)を行った。

2 被告は、原告に対し、平成六年三月二日、別表五、六記載のとおり、平成二年一月一日から同年一二月三一日までの課税期間(以下「平成二年課税期間」という。)分及び平成三年一月一日から同年一二月三一日までの課税期間(以下「平成三年課税期間」といい、「平成二年課税期間」及び「平成三年課税期間」を併せて、「本件各課税期間」という。)分の消費税の各更正処分(以下「本件消費税の各更正処分」という。)並びに平成三年課税期間分消費税の過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件消費税の賦課決定処分」という。)を行った。

なお、以下、「本件青色申告承認取消処分」、「本件所得税の各更正処分」、「本件所得税の各賦課決定処分」、「本件消費税の各更正処分」及び「本件消費税の賦課決定処分」を併せて「本件各処分」という。

四  異議申立て

原告は、被告に対し、本件各処分について、別表一ないし六のとおり、それぞれ異議申立てをしたが、被告は、別表一ないし六のとおり、いずれも棄却する旨の決定をした。

五  審査請求

原告は、国税不服審判所長に対して、本件各処分について、別表一ないし六のとおり、それぞれ審査請求したが、同所長は、別表一ないし六のとおり、いずれも棄却する旨の裁決をした。

六  本訴提起

原告は、平成九年八月一日、本件各処分を不服として、それらの各取消しを求め、本訴を提起した。

(争点)

一  本件青色申告承認取消処分の適法性(争点一)

1 被告の主張

(一) 青色申告制度は、納税義務者に対し、帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われていることを前提として、種々の税務上の特典を与える制度であるから、税務署長が、その帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われていることを確認することができる場合にのみ、納税義務者に特典を与える趣旨であると解される。したがって、税務署長は、青色申告の承認を受けている納税義務者が、帳簿書類の調査に正当な理由なく応じないため、帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われていることを確認することができない場合には、納税義務者に右のような特典を与えないことができる。

以上からすれば、税務署長は、青色申告の承認を受けた者が、帳簿書類の備付け、記録及び保存を正しく行っていない場合に、所得税法一五〇条一項一号に基づいて、青色申告の承認を取り消し得るだけでなく、青色申告の承認を受けた者が、帳簿書類の調査に正当な理由なく応じないため、その備付け、記録及び保存が正しく行われていることを確認できない場合にも、同条項号によって青色申告の承認を取り消し得る。

(二) 本件では、係官が原告の確定申告に係る所得金額の正当性を調査するため、帳簿書類等の提示を再三にわたり要請したにもかかわらず、原告は、調査回数が多いことや過去の調査の苦情及び他の納税者の調査を優先させない限り帳簿書類等の提示はしない旨の主張に固執し、結局、調査に協力せず、帳簿書類等を提示しなかったものであり、原告の青色申告に係る帳簿書類等を係官が任意に閲覧、検査し得ない状態においたものである。その結果、被告は、係官が原告の帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われているかどうかを確認することができなかったことから、所得税法一五〇条一項一号の規定に基づいて青色申告の承認を取り消したもので、本件青色申告承認取消処分は適法である。

2 原告の主張

(一) 所得税法一五〇条一項一号が取消事由としているのは帳簿の「備付け、記録、保存」であり、「不提示」ではない。しかも、「不提示」と「保存」等とは明らかにその法的概念が異なる。そこで、「不提示」を「保存」等違反とみなすことはできない。

もっとも、帳簿の「不提示」は「保存」等がなされていないことを強く推定させる行為であるから、客観的には「保存」等がなされていたとしても、承認取消時に「保存」等を強く疑わせる行為があった場合には、当該取消処分が違法であるとまではいうことはできない。ただし、「不提示」と「保存」等とは同義ではないので、その判断には慎重さが求められねばならないし、「保存」等がなされていた場合、その反証を認めねばならない。

したがって、納税義務者の帳簿書類の提示拒否の事実の有無は一定の時点においてのみ判断されるのではなく税務当局の行う調査の全過程を通じて、税務当局側が帳簿の備付け状況等を確認するために社会通念上当然に要求される程度の努力を行ったにもかかわらず、その確認を行うことが客観的にみてできなかったと考えられる場合にのみ、取消事由の存在が肯定されるというべきである。

(二) 本件について言えば、被告担当係官は、本件税務調査において、終始高圧的・横柄な態度で帳簿の提示を求めるだけで、具体的な調査内容を説明することもなかったのであり、到底、帳簿の備付け状況等を確認するために社会通念上当然に要求される程度の努力を行ったとは言えず、本件青色申告承認取消処分は違法である。

二  本件所得税の各更正処分及び各賦課決定処分の適法性(争点二)

1 被告の主張

(一) 推計課税の必要性

(1) 所得税法が採用する申告納税制度の下において、課税所得の計算は本来実額に基づいて計算されるべきものであるが、税務調査において、納税者が収支を明らかにする帳簿書類等を備付けていないか、帳簿書類等を備付けていても当該帳簿書類等の記載内容が不正確であるとか、納税者が税務調査に非協力的であるなどのため実額の把握が不可能又は著しく困難であるような場合には、課税の公平を図るためいわゆる推計課税を行うことが認められているところ(所得税法一五六条)、税務行政の内容は大量かつ回帰的であり、国民からその能率的な執行が期待されていることからすると、この推計課税は、税務調査において一件の調査のために無限の日数を費やし実額計算が物理的に不可能といえるような場合に、はじめて許されるというものではなく、納税者が税務調査に対して資料の提示を拒むなど非協力なため適正な調査をなし得ない場合には権限ある税務職員の合理的な判断によってこれを行うことができるものである。

(2) 本件では、係官は、原告の所得金額を実額によって把握しようとして、臨場及び電話により、再三再四調査協力を求めて帳簿書類等の提示を求めたが、原告は、調査回数が多いことや過去の調査の苦情及び他の納税者の調査を優先させない限り帳簿書類等の提示はしない旨の主張に固執し、結局、調査に協力せず、調査対象年分に係る原告の所得金額を明らかにするために必要な帳簿書類等を被告に提示しない等、原告の税務調査に対する非協力な態度によって、被告は、推計の方法をとらざるを得なくなったものであるから、推計課税の必要性が存在したことは明らかである。

(二) 推計の合理性

(1) 事業所得の金額について

被告は、原告の取引先の調査によって把握した原告の収入金額を基礎数値とし、これに原告と業種業態及び事業規模の類似する同業者(以下「類似同業者」という。)の算出所得率(収入金額に対する青色申告者に限り認められている必要経費を控除する前の所得金額の割合をいう。以下同じ。)の平均値を乗じて原告の本件各係争年分の事業所得の金額を算出した。具体的な算出経過及び金額等は、次のとおりである。

① 収入金額

平成二年分 三四四〇万二〇〇〇円

平成三年分 五八九七万三六八〇円

平成四年分 三〇一六万六六四〇円

② 算出所得金額(事業専従者控除額控除前の所得金額)

平成二年分 一〇三二万〇六〇〇円

平成三年分 一九一六万六四四六円

平成四年分 九五〇万二四九一円

算出所得金額は、収入金額に別表七の一ないし三記載の類似同業者の算出所得率の平均値を乗じて算出したものである。

③ 事業専従者控除額は、平成二年ないし四年分のいずれについてもAにかかるものであり、右のいずれの年度とも八〇万円である。

④ 事業所得の金額(②から③を控除した金額)

平成二年分 九五二万〇六〇〇円

平成三年分 一八三六万六四四六円

平成四年分 八七〇万二四九一円

(2) 類似同業者の抽出基準

被告は、次に挙げる原告の業種、業態、事業規模に合致する一定の条件のすべてに該当する者を類似同業者として選定した。

① 個人事業者にあっては、本件各年分の所得税の確定申告について、所得税法一四三条の承認を受けて青色申告書を提出している者、法人にあっては、事業年度を任意に設定できることから、本件各年分のそれぞれについて半分を超える期間が含まれる平成二年六月三〇日から平成五年六月二九日までの間に終了した事業年度(以下、「各事業年度」という。)分の法人税の確定申告について、法人税法一二一条の承認を受けて青色申告書を提出している法人

② 本件各年分又は各事業年度分を通じて、主として、JR線の電気通信ケーブル取替工事及び駅構内の配線工事を行っている個人又は法人

③ 本件各年分又は各事業年度分の中途において、開廃業、休業又は業態を変更していない個人又は法人

④ 発注元から材料の支給を受け、労務の提供を主体とする個人又は法人

⑤ 給料及び外注費の支払のある個人又は法人

⑥ 個人にあっては、現場作業に従事する青色事業専従者がいない者

⑦ 事業に係る収入金額が、本件各年分又は各事業年度分において次の範囲内にある個人又は法人

イ 平成二年分(法人にあっては平成二年六月三〇日から同三年六月二九日までの間に終了する事業年度分)

一七二〇万一〇〇〇円以上 六八八〇万四〇〇〇円以下

口 平成三年分(法人にあっては平成三年六月三〇日から同四年六月二九日までの間に終了する事業年度分)

二九四八万七〇〇〇円以上 一億一七九四万七〇〇〇円以下

ハ 平成四年分(法人にあっては平成四年六月三〇日から同五年六月二九日までの間に終了する事業年度分)

一五〇八万三〇〇〇円以上 六〇三三万三〇〇〇円以下

なお、六か月決算の法人の場合の収入金額は、右記イないしハの期間内に終了する二事業年度の合計額による。

⑧ 本件各年分の所得税又は各事業年度分の法人税について更正又は決定の各処分を受けた個人又は法人のうち、国税通則法もしくは行政事件訴訟法の規定による不服申立期間が経過している個人又は法人又はこれらの訴訟が係属していない個人又は法人

被告は、広島県、山口県及び岡山県下の各税務署管内の個人事業者及び法人から右①ないし⑧の条件に合致する者を抽出するために、右の各税務署長に対し、右の条件のすべてに該当する個人及び法人に係る事業内容等の報告を求めたところ(なお、法人の場合は、作成要領に基づき個人所得に換算するよう指示した)、広島北、三原、岡山西の各税務署長から、法人について、各一件の報告があったので、これら三件すべての者を類似同業者として採用した。

右の方法により採用された類似同業者は、機械的に抽出され、恣意的選定の余地はなく、また、資料内容は正確であるから、被告の事業所得の推計方法は客観的な合理性を有するものである。

(三) 右のとおり、原告の本件各年分に係る事業所得の金額は、平成二年分が九五二万〇六〇〇円、同三年分が一八三六万六四四六円、同四年分が八七〇万二四九一円となり、いずれも本件所得税の各更正処分に係る事業所得の金額を上回っているから、その範囲内の金額を基にして行われた本件所得税の各更正処分は適法である。

(四) なお、原告は、事業所得の金額について、実額による計算が可能であると主張している。

しかし、納税者が所得の実額を算定するに足りる帳簿証憑類を提出せず、税務調査に協力しないため、やむを得ず課税庁が真実の所得額に近似する所得額を推計の方法によって認定し、課税処分をした場合に、納税者が右の推計の方法によって認定された所得金額と異なる実額による課税を主張するためには、その主張する実額が真実の所得額に合致することを合理的疑いを容れない程度に立証する必要があると解すべきであって、単に右の実額の存在をある程度合理的に推測させるに足りる具体的事実を立証すれば足りるというものではない。

本件においても、原告が、実額計算による所得課税を主張するのであれば、①事業所得に係る総収入金額に係るすべての収入の事実、②売上原価及び一般経費に係るすべての支出の事実をそれぞれ主張立証した上、さらに、所得税法上の分類に従い、③直接費用については両者の個別的対応の事実を、間接費用については必要経費の期間対応の事実をそれぞれ主張立証することが必要であり、これらすべてを主張立証することができた場合に初めて実額計算による課税がなされるべきものである。そのためには、右の各事実ごとに各経済的取引等の事実の存在を確信させるに足りる客観性と信頼性を備えた帳簿書類等の直接資料からその存在が合理的疑いを容れない程度に立証されることが必要であり、その意味で、実額の立証においてはすべての経済的取引が原始記録に基づいて整理された帳簿に継続的に秩序正しく記録され、かつ、その記録が領収書等の証憑類によって正当であることが証明されることが必要である。

ところが、原告提出に係る平成二年分ないし平成四年分の現金出納帳では、個々の経済的取引の実態はもとより、経費及びそれと収入等との関連性等を明らかにすることはできないのであり、立証を尽くしたということはできず、原告主張の実額計算による課税は許されない。

(五) 本件所得税の各賦課決定処分について

原告が、本件各年分の所得税の確定申告を過少に行ったことについて、国税通則法六五条四項所定の「正当な理由がある」とは認められないから、同条一項及び二項に基づいて行われた本件所得税の各賦課決定処分は適法である。

2 原告の主張

(一) 推計課税の必要性

原告は、本件で、異議調査担当係官に対し、全ての帳簿書類を提示しており、同係官は、原告が提示した帳簿書類等に基づいて損益計算書を作成しているのであるから、その時点で実額計算が可能であり、推計課税の必要性はなかった。

(二) 推計課税の合理性

(1) 類似同業者比率法よりも本人比率法の方が、業種、業態は特段の事情のない限り同一であって、営業規模や内容にも連続性があり経年的な把握をしやすいことからより合理的といえ、類似同業者比率法の選択には合理性がない。

(2) 被告は抽出に際し、個人と法人のいずれも抽出しているが、個人と法人とでは経営形態が著しく異なるから、抽出に際し法人は除外されるべきである。また、抽出に際して、原告に雇用されている労働者数、事業所数等が全く条件化されておらず、抽出基準として原告の事業規模が考慮されていない。

(三) 実額反証について

原告の事業所得の金額は、前記のとおり、実額計算の方法による算定が可能であり、各年度分の事業所得の金額は次のとおりである。

(1) 収入金額

被告は、原告の各年度分の収入金額を発生主義により計算しているが、原告は、事業所得の金額が三〇〇万円前後であったため、初回の調査担当者の承認の下に、収入金額及び必要経費の類を現金主義で計算しているから、各年分の収入金額は現金主義により計算すべきである。

したがって、原告の各年度分の収入金額を現金主義で計算すると、別紙損益計算書の「収入金額①」欄のとおり、平成二年分が三四三二万五六九三円、平度三年分が四八四七万〇六九〇円、平成四年分が四〇四九万四一三五円となる。

(2) 必要経費の額

原告の平成二年ないし平成四年の額は、別紙損益計算書の「必要経費の額」の「合計④」欄のとおり、平成二年分が二七三一万一〇三八円、平成三年分が四三二〇万三五五四円、平成四年分が三三〇八万二五二二円となる。

(3) 差引事業所得の金額

以上により、各年分の差引事業所得の金額(青色申告者に限り認められている必要経費の額を控除する前の金額をいう。)を算出すると、別紙損益計算書の「差引事業所得の金額⑤」欄のとおり、平成二年分が七〇一万四六五五円、平成三年分が五二六万七一三六円、平成四年分が七四一万一六一三円となる。

(4) 青色事業専従者給与の額及び青色申告控除の額

前記のとおり、本件青色申告承認取消処分は取り消されるべきであるから、各年分の所得税の青色申告決算書に記載した青色事業専従者給与の額(平成二年分が九〇万円、平成三年分及び平成四年分が各一〇〇万円)及び各年分の青色申告控除の額(いずれも一〇万円)を差引事業所得の金額から控除すべきである。

(5) 事業所得の金額

そうすると、各年分の事業所得の金額は、別紙損益計算書の「事業所得の金額⑧」欄のとおり、平成二年分が六〇一万四六五五円、平成三年分が四一六万七一三六円、平成四年分が六三一万一六一三円となる。

三  本件消費税の各更正処分及び各賦課決定処分の適法性(争点三)

1 被告の主張

(一) 消費税の課税標準額及び消費税額について

(1) 消費税の課税標準額

平成二年課税期間分 三三四〇万円

平成三年課税期間分 五七二五万六〇〇〇円

右二1(二)(1)①の原告の平成二年分及び同三年分の事業所得に係る収入金額に一〇三分の一〇〇を乗じて算出した金額(国税通則法一一八条一項の規定により千円未満の金額を切り捨てたもの)である。

(2) 課税標準額に対する消費税額

平成二年課税期間分 一〇〇万二〇〇〇円

平成三年課税期間分 一七一万七六八〇円

消費税の課税標準額に消費税法(平成六年法律第一〇九号による改正前のものをいう。以下同じ。)二九条に規定する税率一〇〇分の三を乗じて算出したものである。

(3) 課税仕入れに係る消費税額の控除(以下、「仕入税額控除」という。)

仕入税額控除(消費税法三〇条一項)が認められるためには、課税仕入等に係る消費税額が真実存在するとともに、法定の事項が記載された仕入税額控除に係る帳簿又は請求書等を納税者が同法施行令五〇条に規定する一定の日から七年間保存していることが必要である(同法三〇条七項)。

消費税法三〇条七項の趣旨は、仕入税額控除に係る帳簿又は請求書等が適法な税務調査において提示され、これに基づいて課税庁においても課税仕入れに係る消費税額を算定し得ることを予定し、もって申告の正確性を担保することにあるから、同条項にいう保存があったというためには、税務調査時に右帳簿又は請求書等が税務署の調査担当者に提示されなければならない。納税者が提示を拒否した場合には、保存しているかどうかさえの確認ができない上に、仕入税額が適正に計算され控除されているかどうかの確認もできないからである。したがって、提示を拒否した場合には、保存しているかどうかさえの確認もできないのであるから、仕入税額控除の要件である「保存」しているとは認められない。

本件においては、原処分の調査の際、被告係官が原告に対して、本件各係争課税期間の消費税の調査について協力を要請するとともに、帳簿書類等の提示を再三にわたり要請したにもかかわらず、原告がこれに応じなかったため、原告が本件各係争課税期間分の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等を保存しているか否かを被告において確認し得なかったものである。

かかる事実は、同条項にいう「帳簿又は請求書等を保存しない場合」に該当する。

なお、原告は、証拠として帳簿らしきものを提出しているので、仮に、それが、当該帳簿らしきものに記載された金額による仕入税額控除の主張(いわゆる「後出し」)をしているものと解しても、その主張によって、仕入税額控除が認められるものではない。

すなわち、消費税法三〇条七項の帳簿等の保存の意義が、物理的保持ないし保管で足り、提示を要しないとすると、本来、裁判所等に帳簿等が提出されない場合でも、原告が帳簿等以外の手段・方法で帳簿等が所定の時期、場所に存在したことを立証することも許容されるとも解されかねず、その立証に成功した場合には、仕入税額控除が認められることも考えられる。そうすると、消費税法三〇条七項が仕入税額控除の要件として帳簿等の保存を規定した意味が全くなくなることになる。加えて、同法三〇条七項の帳簿等の保存を前述した物理的保持ないし保管で足りるとすると、税務署長が適法な手続を経て行った処分が「後出し」により容易に覆されることになり、課税関係の安定性を著しく損なう結果をも招来することになる。法がそのような事態を想定しているとは到底考えられず、そのような事態は同法三〇条七項が帳簿等の「保存」を仕入税額控除の要件とした趣旨をも没却するものである。しかも、納税者は、帳簿等を保存しているのであれば、税務職員の適法な提示要請に応じて、これを提示すれば足りるのであって、それは容易なことであり、納税者に特別な事務負担を強いるものでもないのである。

したがって、いわゆる「後出し」があった場合においても、消費税法三〇条八項及び九項に規定する法定記載要件を具備していると否とを問わず、同法三〇条七項本文の適用を何ら妨げるものではなく、仕入税額控除は認められないと解すべきである。

仮に、「後出し」の場合にも、仕入税額控除が認められるとしても、原告提出にかかる帳簿は、消費税法三〇条八項に規定する形式要件を具備しておらず、また、その真実性、正確性についても、様々な不備があり信用できないといわざるを得ないから、本件処分時に法令に従った帳簿等の物理的保存があったものとは認められず、同法三〇条七項にいう「帳簿等を保存していない場合」に該当するといわざるを得ない。

以上より、原告の帳簿書類等の提示拒否をもって、消費税法三〇条七項の「帳簿及び請求書等を保存しない」場合に該当するといってよく、したがって、本件においては消費税法三〇条一項の規定の適用はないものである。

(4) 限界控除税額(消費税法四〇条一項の規定により計算したもの。)

平成二年課税期間分 八八万八四三九円

平成三年課税期間分 一五万七一一〇円

(5) 納付すべき消費税額

平成二年課税期間分 一一万三五〇〇円

平成三年課税期間分 一五六万〇五〇〇円

消費税額は、右(2)の課税標準額に対する消費税額から右(4)の限界控除税額を差し引いた金額(国税通則法一一九条一項の規定により百円未満の金額を切り捨てたもの。)である。

(二) 本件消費税の各更正処分の適法性について

右(一)のとおり、原告の本件各係争課税期間分に係る消費税額は、平成二年課税期間分が一一万三五〇〇円、平成三年課税期間分が一五六万〇五〇〇円となり、いずれも本件消費税の各更正処分に係る納付すべき消費税額と同額であるから、本件消費税の各更正処分は適法である。

(三) 本件消費税の賦課決定処分の適法性

原告が平成三年課税期間分消費税の確定申告を過少に行ったことについて、国税通則法六五条四項所定の「正当な理由がある」とは認められないから、同条一項及び二項に基づいて行われた本件消費税の賦課決定処分は適法である。

2 原告の主張

(一) 青色申告の選択は原告にゆだねられているから、原資料を整理して記帳した「法定帳簿」を備付ける義務と法定帳簿の存在についての立証責任が原告にあるのに対して、仕入税額控除を認めないことは原告の選択にゆだねられたものではなく、制度の趣旨に反して不利益を課するものである。原告は仕入税額控除の適用を受けるために、原資料たる「請求書」等を「保存」、「保管」するだけで足りる。

また、納税者が帳簿等を保存しているか否かは、客観的事実の問題であるから、「保存」という法概念に「納税者が帳簿等の提示、閲覧を求められた場合にはこれに応じ、税務署員において認識し得るような状態に置くべきことを当然に含む」という解釈を持ち込む余地はなく、また、税務署側には、納税者の帳簿等の保存につき、いわば職権探知義務があるのであって、いかなる意味においても納税者に帳簿等を提示すべき義務が存在するのではない。

したがって、消費税法三〇条七項の「保存」は、単に原資料たる「請求書」等を「保存」、「保管」するだけで足り、納税者が帳簿等の提示、閲覧を求められた場合にはこれに応じ、税務署員において認識し得るような状態に置くべきことまでは含まないと解すべきである。

ところで、消費税は、原則として累積排除型多段階課税方式を採用しており、前段階税額控除を制度的内容としているものであるから、その本質により、納税者の消費税の申告においては、適正に仕入税額控除がされているものと推定される。したがって、消費税の例外規定である消費税法三〇条七項本文の仕入税額控除を認めないとする規定を適用するためには、税務署側において、納税者が仕入にかかる帳簿等を保存していないことを立証する責任があると解せられる。

ところが、被告は、原告が請求書すら保存していないとする事実を何ら立証していないのであるから、消費税法三〇条七項本文による仕入税額控除の否認は違法である。

(二) 仮に、税務署が、納税者の帳簿等の保存において、請求書すら保存しておらず、仕入税額控除が認められないとする立証ができた場合であっても、消費税法三〇条七項のただし書きの規定により、税務署側は、その事実を納税者に対して指摘し、「災害その他やむを得ない事情により保存することができなかったこと」の納税者側の反論、反証の機会を保障しなければならないのであるから、税務署が、原告に対してかかる反証の機会を与えることなく、一方的に帳簿等を保存していないとみなして、仕入税額控除を否認することはできない。

第三当裁判所の判断

一  事実経過

甲第七号証、乙第六号証の1、2、第七号証、証人B及び同A(一部)の各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、本件税務調査の経緯は次のとおりであったと認められる。

1  平成五年四月五日午前一一時二五分ころ、B係官(以下、「B係官」という。)及び同Cは、所得税及び消費税の調査のため原告宅へ赴いたが、原告は不在であった。

B係官らは、応対に出た原告の妻Aに対して、身分証明書を示した上、原告の所得税及び消費税の申告内容が正しいかどうかの確認のために調査に伺ったことを説明した。B係官らは、調査対象年分を告げようとしたが、Aは、原告に対する調査回数が多いこと、原告が過去に受けた調査のこと、税務署は他の納税者の調査を原告の調査より優先すべきであること、原告は正直に申告していることなどを申し立てた。

そこで、B係官らは、原告が不在であることから、Aへ原告に所得税及び消費税の調査で伺ったこと、調査の対象は、所得税については平成二年ないし平成四年であり、消費税については平成二年課税期間ないし平成四年課税期間であること、必要があれば他の年分も調査を行うことを伝えてもらうよう、依頼するとともに、同月九日に再度伺いたい旨を伝えた。

これに対し、Aは、同月九日は原告には仕事が入っており、自分も都合が悪い旨を述べたので、B係官らは、Aに翌日原告から連絡をしてもらいたい旨を依頼したが、Aは、その依頼に応じるとの明言はしなかった。

B係官らは、Aに対し、原告から連絡をしてもらうよう再度依頼するにとどめ、同所を辞した。

2  同年四月一二日朝までに、原告から何の連絡もなかったことから、調査の日程を調整・確認するため、同日午前一〇時三〇分ころ、B係官らは原告宅へ赴いた。

応対に出たAは、身内の告別式が済んだばかりである旨申し立てたので、B係官らは同所を辞した。

3  同年四月二七日午後六時五〇分ころ、B係官は、原告宅へ電話をしたところ、原告は不在であり、応答に出たAに、原告に依頼した事項を伝えてもらったかどうかの確認を行ったところ、Aは、前記の不幸に続き盗難があってごたごたしていたため、まだ原告には伝えていないと答えた。

そこで、B係官は、明朝、Aに原告から連絡をするよう依頼したところ、Aは、原告から連絡をさせる旨を約した。

4  同年四月二八日午前八時三〇分ころ、B係官は、原告宅へ電話をした。B係官は、電話に出た原告にAから伝言を聞いたかどうかを確認した上、調査日程を具体的に決めるよう要請したところ、原告は、仕事の都合で同年六月に入ってからでないと都合がつかない旨を述べた。

そこで、B係官は、もう少し早い時期での日程調整を依頼したところ、原告は、同年六月一日に調査に応じる姿勢を示したことから、同係官は、やむなく調査日程を同日にすることとしたが、それでも都合がつき調査が早くできるようであれば原告から連絡するよう依頼したところ原告もこれを了承した。

また、B係官は、その調査期日までの間が長いためそれまでの間、調査を進める旨を告げたところ、原告は、投げやり気味に「ええよ、どこでも調べりゃええが。」と述べた。

原告は、B係官の自宅の電話番号を教えてほしい旨を述べたが、B係官は、広島北税務署の方へ連絡してほしい旨を告げて、原告の申出を断った。

5  同年五月二六日午後六時一〇分ころ、B係官は、次回の具体的な調査時間の確認と調査当日の帳簿類等の準備を依頼するため、原告宅へ電話をしたところ、原告が電話に出たので、同係官が、具体的な調査日時を決めてほしい旨依頼したところ、原告は、「こないだも言うたろう、六月の初めじゃいうて。」と述べるとともに、「日を決める言うても、わしら、元請けから連絡があったら、すぐ出んにゃいけんのじゃ、おるかおらんか、来てみりゃええじゃないか。」、「来てみておらんかったらまた来てみりゃええじゃないか。」などと述べ、具体的な調査日程を決めることができなかった。そこで、B係官は、やむを得ず翌日また電話をする旨を伝えて電話を切った。

また、原告は、この日もB係官の自宅の電話番号を教えるよう求めてきたが、B係官は、前回と同様のことを告げてこれを断った。

6  同年五月二七日午後三時三〇分ころ、B係官が原告宅へ電話をしたところ、原告は不在であったが、応答に出たAは、原告が同年六月一日の午後に来てもらうよう伝言して出掛けた旨を述べた。

そこで、B係官は、臨場する時間についてAと打合せを行い、同年六月一日午後一時ころ原告宅へ伺うこととした。

また、B係官はAに対して、原告に帳簿書類等を用意しておくよう伝えてもらいたい旨依頼したところ、Aは、自分が帳簿をつけているが、自分は見せるつもりはない旨を申し立てるとともに、他の納税者で長期間調査がないところがあるのに、なぜ自分のところばかり調査に来るのか、前年よりも多く税金を払っているのに、また調査を受けるのでは青色申告の意味がないなどと述べて電話を切った。

7  同年六月一日午後零時五五分ころ、B係官らは、原告宅へ赴き、原告の事務所において、原告及びAに面接した。

B係官らは、原告に身分証明書を示し、平成二年ないし四年の所得税及び平成二年ないし四年の各課税期間分の消費税の調査で伺った旨を説明した。

B係官らは、原告に対し、帳簿書類等の提示を要請したところ、原告は、「なんで、うちばかり調査に来るんか。」、「七年も八年も調査をされとらん者もおるのに、うちゃあ、三年ごとに、もうこれで三回目でえ、うちばっかりなんで調査をされんといけんのか。」などと述べ、今回の調査理由を具体的に説明するよう申し立てた。

そこで、B係官らは、原告に対し、原告で記帳している帳簿書類等に基づいて申告されている内容が正しいかどうか、前回の調査で不備のあった点が改善されているかどうかの確認のためである旨を説明したが、原告はこれに納得せず、「そんなことを聞いとるんじゃないんよ。」、「行っとらんところへ行ってから、うちへ来りゃええじゃろう。そこへ行かん限り帳面も何も見せられん。」などと述べた。

B係官らは、原告に対し、他の納税者のことで原告の調査を中止することはできない旨を説明し、再度帳簿書類等を提示し調査に協力するよう要請したが、原告及びAは、調査回数が多いことの苦情及び他の納税者の調査を優先させない限り、帳簿書類等の提示はしない旨を繰り返し述べ、B係官らの調査協力の要請には応じる姿勢を示さなかった。

B係官らは、当日の調査協力は得られないと判断し、原告に対して、帳簿書類等を提示してもらえないので、引き続き署の方で調査を進める旨を伝えた。また、今後、帳簿書類等を提示されるのであれば、いつでも係官まで連絡をするよう依頼して、同所を辞した。

8  同年六月一六日午後四時三〇分ころ、B係官が原告宅へ電話をしたところ、原告は不在であった。B係官は、応答に出たAに対し、原告に帳簿書類等の提示の意思があるかどうかを確認したところ、Aは原告に話してみる旨述べた。

また、B係官が、帳簿書類等の提示がなければ青色申告の承認の取消し事由に該当する旨説明したことに対し、Aは、前回の調査の際にも同様のことを言われて脅かされた、今回も脅迫するのかなどと申し立て、電話を切った。

9  同年七月二日午後四時ころ、B係官が原告宅へ電話をし、応答に出た原告に対し、帳簿書類等の提示を求めたところ、原告は、「見せんたぁ言うとりゃせん、何でうちばかり調査に入るんか、その理由を説明せえ言うとるんよ。」と申し立てた。B係官が、調査の理由について、再度、原告のなした申告の内容が正しいかどうかの確認のためである旨を説明するも、原告は、その理由では納得ができない、原告が知っている納税者が長期間調査を受けていないことに納得ができない、先に他の納税者の税務調査を行うべきである旨を申し立て、同係官の帳簿書類等の提示要請には応じようとしなかった。

10  同年一一月五日午後四時一〇分ころ、B係官が原告宅へ電話をしたところ、原告は不在であったが、応答に出たAに対し、帳簿書類等を提示するよう求めた。

これに対し、同女は、前回の調査において、税理士のミスで税金を追徴され、延滞税まで払わされたこと等を述べ、さらに、長期間調査を受けていない者に対する調査を済ませてからでないと調査に協力する意思がない旨を述べ、帳簿書類等を提示する意思を示さなかった。

B係官は、原告の意思を確認する必要があると判断し、Aに対し、原告に帳簿書類等を提示するよう伝えてもらいたい旨を依頼し、Aも原告に伝える旨を約した。

11  同年一一月二一日午後三時五〇分ころ、B係官は、原告から何らの連絡もなかったことから原告宅へ電話をしたが、原告は不在であった。B係官は、応答に出たAに対し、同月五日に電話で原告に伝えてもらうよう依頼した件について確認をしたところ、Aは、原告に伝えたこと、その際、原告は全く調査を受けていない他の納税者の調査を先に行わない限り、帳簿書類等を見せることはない旨を言っていたこと、Aも原告と同じ気持ちであることを述べ、電話を切った。

12  同年一一月三〇日午後三時一〇分ころ、B係官は、再度、帳簿書類等の提示を求めるため、原告宅へ電話をしたが、原告は不在であった。B係官は、応答に出たAに対し、原告と話がしたいので原告の都合を尋ねたところ、Aは、原告の行き先や予定は不明である旨を申し立てたため、同係官は、明日、原告から電話をするよう依頼した。

13  同年一二月一六日午後二時一〇分ころ、B係官は、原告から何らの連絡もなかったことから、調査への協力を要請するため、原告宅へ赴いたが、原告は不在であった。

B係官は、応対に出たAに対し、帳簿書類等の提示がない場合は、所得税については、青色申告の承認を取り消さざるを得なくなること、消費税については、仕入税額控除が認められなくなることを説明し、原告にその旨を伝えてもらうよう依頼したところ、Aが原告に伝えることを約したので、同所を辞した。

14  平成六年一月一〇日午前一〇時四〇分ころ、B係官は、調査への協力を要請するため原告宅へ赴いたが、原告及びAとも不在であった。

そこで、B係官は、同日同時刻に所得税及び消費税の調査で伺った旨、同係官まで連絡をしてほしい旨を記載した「連絡表」を原告宅に差し置いて、同所を辞した。

15  同年一月一四日午後二時四〇分ころ、B係官は、原告から何ら連絡がなかったため、調査への協力を要請するため、再度、原告宅へ赴いたが、原告及びAとも不在であった。

そこで、B係官は、同日同時刻に所得税及び消費税の調査で伺った旨、帳簿や申告の基となる書類の提示がなければ、所得税については、青色申告の承認の取消事由に該当する旨、また、消費税については、平成二年課税期間分及び平成三年課税期間分の仕入税額控除が認められなくなる旨、これらのことについて十分検討をしてほしい旨、帳簿書類等を提示される場合は、同月一八日までにB係官まで連絡をしてほしい旨を記載した「連絡表」を原告宅に差し置いて、同所を辞した。

16  同年一月二八日午前八時五〇分ころ、B係官は、原告から何らの連絡もなかったことから、原告宅へ電話をしたが、原告は不在であった。

B係官は、応答に出たAに対し、先日伺ったが不在であったため連絡表を置いて帰ったことを伝えたところ、Aは、「そんなものは知りませんよ。」と述べ、従前と同様に調査に対する不満を申し立て、これから外出すると言って電話を切った。

17  同年一月三一日午前九時二五分ころ、B係官及び被告係官Dは、原告宅へ赴いたが、原告は不在であった。応対に出たAは、B係官らに対し、これからすぐに外出する旨を述べた。そこで、B係官は、本日、所得税及び消費税の調査で伺った旨、帳簿や申告の基となる書類を提示されないと、所得税については、青色申告の承認取消しの事由に該当する旨、また、消費税については、平成二年課税期間分及び平成三年課税期間分の仕入税額控除が認められなくなる旨、これらのことについて十分検討をしてほしい旨、帳簿等を提示する場合は、同年二月二日までにB係官まで連絡をしてほしい旨、連絡がない場合は、帳簿等を見せないものと判断する旨を記載した「連絡表」をAへ手渡し、原告からの連絡を依頼した。AもB係官の依頼を了承したので、両係官は同所を辞した。

18  同年二月二日までに、原告からは何の連絡もなかった。

19  同年二月七日、被告は、所得税法一五〇条一項一号の規定により、原告の所得税の青色申告の承認を取り消した。

以上の事実が認められ、証人Aの証言のうち、右認定に反する部分は、他の前掲証拠(同人の証言は除く。)に照らし、採用できない。

二  本件青色申告承認取消処分の適法性について(争点一)

1  原告は、青色申告承認の取消事由として所得税法一五〇条一項一号に規定されているのは、「帳簿書類の備付け、記録又は保存」が同法一四八条一項に規定する大蔵省令で定めるところに従って正しく行われていないことであって、帳簿書類を単に提示しなかったことは右取消事由に当たらないと主張する。そこで、まず、税務職員の帳簿書類の提示要求に対し、納税者が正当な理由がないのにこれに応じず、そのため税務職員が帳簿書類の備付け、記録及び保存が所得税法一四八条一項に規定する大蔵省令で定めるところに従って正しく行われているか否かを税務署長が確認できないとき、右提示許否は同法一五〇条一項一号が定める青色申告承認取消事由に該当するか否かについて検討する。

2  青色申告制度は、税務署長が、帳簿書類を正確に記録、保存している納税義務者に対して青色申告書による申告を承認し、青色申告書を提出した納税者に対しては納税手続上及び所得計算上の特典を与え、これにより申告納税制度のもとにおいて正確な帳簿書類を基礎として納税申告を行うことを奨励するものである。このような制度趣旨からすれば、所得税法一五〇条一項一号は、納税義務者が適正に帳簿書類の備付け、記録及び保存を行っているとともに、質問検査権(同法二三四条)に基づく税務調査により税務当局の職員がそのことを的確に確認できるということが当然の前提となっていると解すべきであり、青色申告を受けている納税義務者が正当な理由がないのに当該帳簿書類を税務職員に提示することを拒否したような場合は、たとえ客観的には当該納税義務者の帳簿書類の備付け、記録及び保存が正しく行われていたとしても、税務職員がその点を確認することができない以上、青色申告制度の前提自体が欠けることになり、当該納税義務者に前記特典を与えることは適当ではなく、所得税一五〇条一項一号の取消事由に該当すると解するのが相当である。

もっとも、右のような取消事由は法規上明文をもって規定されていないこと、また青色申告承認取消処分が納税者に対して一定の不利益を課する処分であることなどからすれば、右のような取消事由の認定は慎重になされるべきである。すなわち、納税義務者の帳簿書類の提示拒否の事実の有無は、一定の時点においてのみ判断されるべきものではなく、税務調査の全過程を通じて、税務職員において帳簿書類の備付け等の状況を確認するために社会通念上当然に要求される程度の努力を行ったにもかかわらず、その確認を行うことが客観的にみてできなかったと考えられる場合にはじめて右のような取消事由の存在が肯定されるというべきである。

3  以上を前提に、前記で認定した事実経過を基に原告及びAが被告係官の求めに応じて帳簿書類を提示することを正当な理由なく拒否したといえるかについて検討する。

前記認定事実によれば、原告の税務調査を担当したB係官らは、平成五年四月五日を始めとして、翌年二月に至るまでの間、原告の青色申告の内容が正確であるかどうかを調査するため、原告宅に赴いて、あるいは前もって架電するなどして、原告又はAに対し、再三にわたって平成二年度以降の帳簿書類の提示を要請したにもかかわらず、原告らは、原告に対する税務調査の回数が多いこと、過去の調査に対して不満があること、他の納税義務者に対する税務調査は適正に行われていないことなどを繰り返し主張し、また、B係官からの調査期日の連絡要請にも応じないなど一貫して調査に協力する姿勢を示さなかったために、B係官らは原告の帳簿書類の備付け、記録及び保存が適正に行われていることについて確認できなかったということができる。そして、前記認定の事実経過に照らせば、B係官は、本件税務調査の全過程を通じて、税務職員において帳簿書類の備付け等の状況を確認するために社会通念上当然に要求される程度の努力を行ったと評価することができる。したがって、本件では、所得税法一五〇条一項一号に規定する取消事由が存在するというべきである。

よって、被告が行った本件青色申告承認取消処分は適法である。

三  本件所得税の各更正処分及び各賦課決定処分の適法性について(争点二)

1  推計課税の必要性について

(一) 所得税法が採用する申告納税制度の下において、課税所得の計算は本来実額に基づいて計算されるべきものであるが、税務調査において、納税者が収支を明らかにする帳簿書類等を備付けていないか、帳簿書類等を備付けていても当該帳簿書類等の記載内容が不正確であるとか、納税者が税務調査に非協力的であるなどのため実額の把握が不可能又は著しく困難であるような場合には、課税の公平を図るためいわゆる推計課税を行うことが認められているところ(所得税法一五六条)、税務行政の内容は大量かつ回帰的であり、国民からその能率的な執行が期待されていることからすると、この推計課税は、税務調査において一件の調査のために無限の日数を費やし実額計算が物理的に不可能といえるような場合に、はじめて許されるというものではなく、納税者が税務調査に対して資料の提示を拒むなど非協力なため適正な調査をなし得ない場合には権限ある税務職員の合理的な判断によってこれを行うことができるというべきである。

(二) 本件では、前記認定事実のとおり、B係官は、原告の所得金額を実額によって把握しようとして、臨場及び電話により、再三にわたり調査協力を求めて平成二年ないし平成四年分の帳簿書類等の提示を求めたにもかかわらず、原告又はAが前記内容の主張を繰り返しために、帳簿書類等によって原告の所得の実額を把握することができなかったというほかなく、したがって、右いずれの年分についても推計課税の必要性があったというべきである。

この点、原告は、本件においては、異議調査担当係官に対し、全ての帳簿書類を提示しており、同係官は、原告が提示した帳簿書類等に基づいて損益計算書を作成しているのであるから、その時点で実額計算が可能であり、推計課税の必要性はなかったと主張する。

しかしながら、法が推計課税を認めた適者からすれば、推計課税の必要性は原処分時に存在すれば足りるというべきであって、異議調査の段階で実額計算が可能であったことは、本件所得税の各更正処分の適法性を左右するものではない(ただし、納税者が帳簿書類等に基づき、実額を算出し、その額が推計による額を下回る場合は別である。)。

よって、原告の主張は採用できない。

2  推計の合理性について

(一) 乙第一号証、第二ないし第四号証の各1ないし3、第五、第八号証、証人Eの証言及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告の収入金額

広島国税局長は、まず原告の取引先の調査によって、平成二年分ないし平成四年分の原告の収入金額を次のとおり把握した。

平成二年分 三四四〇万二〇〇〇円

平成三年分 五八九七万三六八〇円

平成四年分 三〇一六万六六四〇円

(2) 類似同業者比率法による所得率の算出

広島国税局長は、広島県、山口県及び岡山県下の各税務署長に対し、平成九年一二月一九日付けで『「同業者(個人及び法人)の課税事績表」の報告について』と題する通達を発し、本件各年分につき、各税務署管内の電気工事業を営む個人事業者及び法人から後記①ないし⑧の条件の全てに合致する者を抽出し、それらの個人及び法人に係る事業内容等の報告を求めた(なお、法人の場合は、同書面記載の作成要領に基づき個人所得に換算するよう合わせて指示した。)。

① 個人事業者にあっては、本件各年分の所得税の確定申告について、所得税法一四三条の承認を受けて青色申告書を提出している者、法人にあっては、平成二年六月三〇日から平成五年六月二九日までの間に終了した各事業年度(以下「各事業年度」という。)分の法人税の確定申告について、法人税法一二一条の承認を受けて青色申告書を提出している法人

② 本件各年分又は各事業年度分を通じて、主として、JR線の電気通信ケーブル取替工事及び駅構内の配線工事を行っている個人又は法人

③ 本件各年分又は各事業年度分の中途において、開廃業、休業又は業態を変更していない個人又は法人

④ 発注元から材料の支給を受け、労務の提供を主体とする個人又は法人

⑤ 給料及び外注費の支払のある個人又は法人

⑥ 個人にあっては、現場作業に従事する青色事業専従者がいない者

⑦ 事業に係る収入金額が、本件各年分又は各事業年度分において次の範囲内にある個人又は法人

イ 平成二年分(法人にあっては平成二年六月三〇日から同三年六月二九日までの間に終了する事業年度分)

一七二〇万一〇〇〇円以上 六八八〇万四〇〇〇円以下

口 平成三年分(法人にあっては平成三年六月三〇日から同四年六月二九日までの間に終了する事業年度分)

二九四八万七〇〇〇円以上 一億一七九四万七〇〇〇円以下

ハ 平成四年分(法人にあっては平成四年六月三〇日から同五年六月二九日までの間に終了する事業年度分)

一五〇八万三〇〇〇円以上 六〇三三万三〇〇〇円以下

なお、六か月決算の法人の場合の収入金額は、右記イないしハの期間内に終了する二事業年度の合計額による。

⑧ 本件各年分の所得税又は各事業年度分の法人税について更正又は決定の各処分を受けた個人又は法人のうち、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間が経過している個人又は法人もしくはこれら訴訟が係属していない個人又は法人

これに対し、広島北、三原、岡山西の各税務署長から、法人について、各一件の報告があった。その内容は、別表八のとおりである。被告は、これら三件すべての者を類似同業者として採用し、次のとおり所得率(報告のあった類似同業者の所得率を平均したもの。)を算出した。

平成二年分 〇・三〇〇

平成三年分 〇・三二五

平成四年分 〇・三一五

(3) 算出所得金額(事業専従者控除額控除前の所得金額)

広島国税局長は、原告の各収入金額を基礎数値とし、これに(二)で算出した所得率を乗じて、原告の算出所得金額(事業専従者控除額控除前の所得金額)を次のとおり算出した。

平成二年分 一〇三二万〇六〇〇円

平成三年分 一九一六万六四四六円

平成四年分 九五〇万二四九一円

(4) 事業所得の金額

広島国税局長は、原告の事業の事業専従者は、平成二年分ないし平成一四年分のいずれにおいてもAのみであると認定し、所得税法(平成六年法律第一〇九号による改正前のもの。)五七条三項に基づき、各年分の事業専従者控除額八〇万円を右の各年分の算出所得金額から各控除して、次のとおり原告の事業所得の金額を算出した。

平成二年分 九五二万〇六〇〇円

成三年分 一八三六万六四四六円

平成四年分 八七〇万二四九一円

(二) 以上の事実に基づいて検討する。

(1) 類似同業者比率法を採用したことの合理性について原告は、類似同業者比率法よりも本人比率法の方が、業種、業態は特段の事情のない限り同一であって、営業規模や内容にも連続性があり経年的な把握がしゃすいことからより合理的といえ、類似同業者比率法の選択には合理性がないと主張する。

しかしながら、推計課税は、課税標準等を実額で把握することが困難な場合に税負担公平の観点から、実額課税の補充代替的手段として、合理的な推計の方法で課税標準等を算定することを課税庁に許容した制度と解するのが相当であるから、真実の所得を事実上の推定によって認定するものではなく、その推計の結果は、真実の所得と合致する必要はなく、近似値で足りるというべきである。したがって、その推計方法も、真実の所得を算定しうる最も合理的なものである必要はなく、実額課税の補充代替的手段としてふさわしい一応の合理性が認められれば足りるというべきであって、他により合理的な推計方法があるとしても、課税庁の採用した推計方法に一応の合理性が認められればよく、その推計方法の優劣を争うことはできないというべきである。

よって、原告の主張は採用できない。

以下においては、被告が採用した類似同業者比率法が一応の合理性を有しているかどうかについてのみ検討する。

(2) 類似同業者選定条件の合理性について

前記認定の事実によれば、広島国税局長は類似同業者の抽出方法として、いわゆる通達回答方式を採用したものであるが、同方式は抽出を機械的に行うものであり、その抽出過程には被告の恣意が介在する余地はなく、また、抽出基準についても資料の内容が正確であると思料される青色申告者又は青色申告法人を前提とした上で、原告の事業と業種業態が同一であり、かつ原告の事業と地域性、事業規模、事業形態等において類似性があるものを抽出の条件とし、加えて青色申告・白色申告の別に必要経費算出の修正を行い、減価償却の方法により原告の事業との類似性追求が図られている(乙一、八、証人E)ということができる。

この点、原告は、被告は抽出に際し、個人と法人のいずれも抽出しているが、個人と法人とでは経営形態が著しく異なるから、抽出に際し法人は除外されるべきであると主張する。

しかし、前記のとおり、広島国税局長は、法人を抽出する場合には、報告書作成の際に作成要領に基づき個人所得に換算するように指示しているのであるから、被告が抽出に際し、法人を加えたことは本件抽出方法の合理性の判断を左右するものではないというべきである。

また、原告は、類似同業者の抽出基準に原告の労働者数、事業所数等が全く条件化されておらず、原告の事業規模との類似性がない、ないしはその判断ができないと主張する。

しかし、類似同業者比率法による推計の方法は、その特質から同業者に通常存在する程度の営業条件の差異は、その計算の過程において捨象されると考えられるから、営業条件の差異が平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著なものでない限り、同方法による推計の合理性を失わせるものではないというべきである。そして、営業条件の差異が平均値による推計自体を全く不合理ならしめる程度に顕著なものであることについては納税義務者である原告に主張立証責任があると解せられるところ、本件において、原告はそのことについて何ら主張立証していない。

(3) 以上より、本件における類似同業者の選定条件は合理的なものであり、したがって、本件推計課税は十分な合理性を有しているというべきである。

3  実額反証について

(一) 被告の主張する推計課税に対して、原告は、本件各年分の事業所得金額について、本件所得税の各更正処分における金額を下回る実額を主張する。

本件における推計による更正は、その必要があるときに合理的と認められる方法をもって各種所得の金額を推計するものであって、収入の発生原因、その金額、控除すべき経費、その金額を各別に推計するものではないから(所得税法一五六条)、このような推計課税に対して、原告が実額による課税をする旨を主張する場合には、原告は収入又は支出の一部についてではなく、その収入金額と必要経費の全部についての実額及び必要経費が収入金額に対応するものであることについて立証する必要がある。

(二) この点について、原告は、本件係争年度の収支を裏付けるべく、右期間の現金出納簿(甲二ないし四)、給与支払明細書(甲六の1ないし24)を証拠として提出している。

右現金出納簿の支出欄は、一応、日付ごとの支出の明細が記載されているものの、差引残高(現金残高)の記載はされておらず、また、支払内容について、相手先が商号のみで、その使途、支出目的が明らかでない、記載された支払年月日が逆日付になっているものが数多く存在する等の不備が見受けられる。

さらに、山下郷に支払ったとされる甲六の1ないし24号証に相当する支出が甲二ないし四号証に記載されていないことや、原告本人及び証人A両名の供述によると、右現金出納簿のほかに領収書の取れない経費のための帳簿が存在することがうかがわれること等からすると、右現金出納簿は本件各係争年度における支出をもれなく把握し、かつ当該経費と収益との対応関係を明らかにしているとは到底言い得ない上、右出納簿が支出の存在自体を正確に反映しているか疑いがあるものといわざる得ない。

したがって、原告提出の現金出納簿(甲二ないし四)、給与支払明細書(甲六の1ないし24)より、本件各係争年度における原告の事業所得の実額が原告主張にかかる額であった認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

よって、原告の実額反証の主張を採用することはできない。

4  原告の本件各年分に係る事業所得の金額は、前記のとおりであるが、いずれも本件所得税の各更正処分に係る事業所得の金額を上回っているから、その範囲内の金額を基にして行われた本件所得税の各更正処分は適法である。

5  本件所得税の各賦課決定処分について

原告が、本件各年分の所得税の確定申告を過少に行ったことについて、国税通則法六五条四項所定の「正当な理由がある」とは認められないから、同条一項及び二項に基づいて行われた本件所得税の各賦課決定処分は適法である。

四  本件消費税の各更正処分及び賦課決定処分の適法性について(争点三)

1  消費税の課税標準額及び消費税額について

(一) 消費税の課税標準額

原告の平成二年課税期間分及び平成三年課税期間分の消費税の課税標準額は、前記で認定した原告の平成二年分及び平成三年分の事業所得に係る収入金額に一〇三分の一〇〇を乗じて算出した次の金額(ただし、国税通則法一一八条一項により千円未満の金額を切り捨てたもの。)である。

平成二年課税期間分 三三四〇万円

平成三年課税期間分 五七二五万六〇〇〇円

(二) 課税標準額に対する消費税額右の各課税標準額に消費税法二九条に規定する税率一〇〇分の三を乗じて、消費税額を算出すると、次の各金額となる。

平成二年課税期間分 一〇〇万二〇〇〇円

平成三年課税期間分 一七一万七六八〇円

(三) 仕入税額控除の有無について

(1) 消費税の申告及び課税処分は、他の税目と同様、大量性・反復性を有し、納付すべき税額の早期確定と処分の安定性が求められているが、とりわけ消費税は、いわば消費者からの預かり金的性格を有し、また我が国の消費税法は、事業者の事務的負担ということを考慮して、事業者が作成する帳簿方式による仕入税額控除を認めたが、そこには、不正な記載や誤った記載がなされる危険が伴っている。これらの事情より消費税は他の税目より一層正確に税額を把握する方途が担保されていることが必要となる。

このような消費税の持つ性格からして、課税庁において、課税標準に誤りはないか、課税仕入れ等に係る消費税等が真実存在するか等を税務調査を通じて確認する必要があり、右確認は、税務調査において、税務職員に対して法定の事項を記載した帳簿等が提示され、右職員がその記載内容の正確性を調査することによって、はじめてその正確性が担保されるものである。

ところが、こうした税務調査の対象となる資料は、時の経過により散逸してしまうことが少なくなく、その結果、帳簿等の記載内容の真実性、正確性を確認することが不可能となり、ひいては調査の実効性が図れないこととなる。

したがって、不服審査や訴訟のように、調査からかなり時の経過した段階で初めて帳簿等が提示された場合、右のように資料が失われ、課税仕入れ等の事実の確認さえもできないおそれが十分にある。これでは、前記のように真実性、正確性の担保が特段に重要である消費税の仕入税額控除等につき、税務調査により、課税仕入れ等の事実の真実性、正確性を担保しようとした法の趣旨が全うされないこととなる。

このことからしても、税務調査時において税務職員に対し帳簿等を提示するのが納税者の義務とするのが法の趣旨であると解せられる。

(2) また、消費税の申告及び課税処分は、大量反復性を有しており、その早期確定と処分の安定性が強く求められており、税務調査において、質問検査権の適切な行使により、申告内容に関する事実を証明する資料を入手することが予定されているのである。

しかるに、後の訴訟手続等にいたってはじめて帳簿等を提出することを許すとなれば、納税者に、税務調査時において帳簿等の提示を拒否することを容易にして、税務職員の質問調査権をもって早期に税額を確定しようとした法の趣旨に反することになる。また、課税庁の実質的判断を経ずに、訴訟の審理を通じて仕入税額控除の適否について判断されることになるから、課税庁が判断できなかった事由を根拠に課税処分が取り消され、処分の安定性が著しく損なわれることにもなる。

(3) これらからすれば、消費税法三〇条七項の趣旨は、仕入税額控除に係る帳簿又は請求書等が適法な税務調査において提示され、これに基づいて課税庁においても課税仕入れに係る消費税額を算定し得ることを予定し、もって申告の正確性を担保するとともに納税額を早期に確定することにあると解せられる。また、税務調査時において、税務職員の調査に協力しない納税者に対して、仕入税額控除を認めないという制裁を課す趣旨も併せ持つと考えられる。

以上によれば、消費税法三〇条七項の「帳簿等の保存」の意義は、単なる物理的な帳簿の保存と解すべきではなく、税務職員による適法な提示要求に対して、帳簿等の保存の有無及びその記載内容を確認し得る状態におくことを含むと解するのが相当である

したがって、納税者が正当な理由なく帳簿等の提示に応じなかった場合には、同条項の「帳簿等を保存しない場合」に該当し、納税者は同法三〇条一項による仕入税額控除を受けることができないというべきであり、さらに、税務職員による適法な提示要求に対して、納税者が正当な理由なく帳簿等の提示に応じなかった場合には、たとえ、税務調査時において、帳簿等が物理的に保存されていたとしても、それを後の訴訟等で主張立証することはもはや許されないというべきである。

右のような解釈は、消費税法施行令五〇条一項が、同法三〇条七項に規定する帳簿又は請求書等を整理し、当該帳簿についてはその閉鎖の日の属する課税期間の末日の翌日、当該請求書等についてはその受領した日の属する課税期間の末日の翌日から二月を経過した日から七年間、これを納税地又はその取引に係る事務所、事業所その他これらに準ずるものの所在地に保存しなければならないと規定し、右の七年間が、課税庁が課税権限を行使しうる最長期間である七年間(国税通則法七〇条五項参照)と合致していることとも整合的である。

ただし、仕入税額控除の否認が納税者に対して重い税負担をもたらすことに照らせば、納税者が帳簿等の提示を拒否したかどうかを認定するにあたっては、一定の慎重さが要求されるのであって、一時点での提示拒否をもって、消費税法三〇条七項を適用するのは相当ではない。

提示拒否を理由として同条項を適用するには、税務調査の全課程を通じて、税務職員が、帳簿提示を得るために社会通念上当然に要求される努力を行ったにもかかわらず、納税者から帳簿等の提示を受けることができなかったと客観的に認められることが必要であると解すべきである。

これに対し、原告は、納税者が帳簿等を保存しているか否かは、客観的事実の問題であるから、「保存」という法概念に「納税者が帳簿等の提示、閲覧を求められた場合にはこれに応じ、税務署員において認識し得るような状態に置くべきことを当然に含む」という解釈を持ち込む余地はないと主張するが、前記の解釈は、消費税法三〇条七項の趣旨に照らし、同項が当然の前提としていることを明らかにするものであり、その文理に反するものではない。

(4) 右にような消費税法三〇条七項の解釈を前提として、本件において同条項の「帳簿等が保存」されていたか検討するに、本件の税務調査の経過は前記一事実経過認定のとおりであるから、原告において、税務調査において帳簿等が提示されなかったのは明らかである。

また、本件税務調査の全過程を通じて、税務職員において帳簿書類の備付け等の状況を確認するために社会通念上当然に要求される程度の努力を行ったと評価することができることは前記二3のとおりである。

したがって、本件では、消費税法三〇条七項規定の仕入税額控除否認事由である「帳簿等を保存しない場合」が存在するというべきである。

(5) 以上によれば、被告が仕入税額控除を行わなかったことは適法であるというべきである。

これに対し、原告は、仮に、税務署が、納税者の帳簿等の保存において、請求書すら保存しておらず、仕入税額控除が認められないとする立証ができた場合であっても、消費税法三〇条七項のただし書きの規定により、税務署側は、その事実を納税者に対して指摘し、「災害その他やむを得ない事情により保存することができなかったこと」の納税者側の反論、反証の機会を保障しなければならないのであるから、税務署が、原告に対してかかる反証の機会を与えることなく、一方的に帳簿等を保存していないとみなして、仕入税額控除を否認することはできない旨主張する。

しかし、右条項の「災害その他やむを得ない事情により保存することができなかったこと」について主張立証すべきことを告知する義務を税務署側に課す規定は同法上には存在しないし、帳簿等の不保存の理由については、税務調査の過程において、当然に税務職員から納税者に対して質される事柄であって、法が個別的にその旨告知すべき義務を税務署に課しているとは考えられない。

よって、原告の右主張は採用することはできない。

(四) 限界控除税額(消費税法四〇条一項の規定により計算したもの。)

平成二年課税期間分 八八万八四三九円

平成三年課税期間分 一五万七一一〇円

(五) 納付すべき消費税額

平成二年課税期間分 一一万三五〇〇円

平成三年課税期間分 一五六万〇五〇〇円

消費税額は、右(二)の課税標準額に対する消費税額から右四の限界控除税額を差し引いた金額(国税通則法一一九条一項の規定により百円未満の金額を切り捨てたもの。)である。

2  本件消費税の各更正処分の適法性について

右1のとおり、原告の本件各係争課税期間分に係る消費税額は、平成二年課税期間分が一一万三五〇〇円、平成三年課税期間分が一五六万〇五〇〇円となり、いずれも本件消費税の各更正処分に係る納付すべき消費税額と同額であるから、本件消費税の各更正処分は適法である。

3  本件消費税の賦課決定処分の適法性について原告が平成三年課税期間分消費税の確定申告を過少に行ったことについて、国税通則法六五条四項所定の「正当な理由がある」とは認められないから、同条一項及び二項に基づいて行われた本件消費税の賦課決定処分は適法である。

第四結論

以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これらをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邉了造 裁判官 谷口安史 裁判官 秋元健一)

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